2008年05月01日
山中鹿之助
前回書いた明智光秀はメジャーな戦国大名でしたが、今日はちょっとマイナー?な武将です。
まあ戦国好きな人にはメジャーな人ですがね。。
「山中鹿之助」と言う戦国武将はご存知でしょうか??
34歳の齢でこの世を去ってしまった武将ですが彼の人生は目的意識に溢れ、使命感に溢れ、努力家なんですね。
彼の生き方に共感を覚えた方は多いかと思います。
ビジネスをやって行く上でもかなり参考になる人物と考えています。
これくらいの執念でも目的を達成できないんですからね。。
この彼の言葉に「願わくば我に七難八苦を与え給え」
やはり人間生きていく上で楽ばかり選んでしまう傾向があると思いますが、この鹿之助は若さゆえの経験の少なさ、思慮の浅さを悔い、更なる苦悩、苦難を願ったそうです。
そうする事によって、早く自分に成長を促す。
これなんですね。
僕もブログに限界まで頑張る、そうする事によって自分のキャパシティーの拡張が始まるってよく書くのですが、同じなんですね。経験を重ね、限界を超えて初めて道の力や自分の能力の新たな一歩に踏み入り事が出来ると考えています。
この山中鹿之助は、中国地方の戦国大名、尼子家の家臣です。
彼が生まれた頃は、まだ尼子家の勢力は大きく、成長を始めた毛利家と戦乱を続けていました。
尼子一門で新宮党と呼ばれる尼子家最強軍団の中で育った鹿之助は、初陣時には既に国力の失った尼子家で君主「尼子義久」の近習として頭角を現します。
長くなるので、省きますが、その後尼子家は国力を失い、名前のみの存在まで落ちるのですが、その後尼子一門で仏門に入ってい「尼子勝久」を還俗させ尼子家再興を始めます。
300名ほどの遺臣を束ねて、尼子家の旧領の因幡国一円を回復させるまでに至ったのですが、また毛利に滅ぼされ、また透き見て勢力を拡大してと何度か自国を回復させています。
言葉で書くのは簡単ですが、遺臣を集めたり、軍資金、兵糧を集めたり、この見えない努力は計り知れない物があったと思います。
その後は、中国侵攻を始めていた織田信長、羽柴秀吉の力を借りて、その大望を最後の最後まで貫いた武将なんですね。
結果志半ばでその生涯を終える事になるのですが、最後に毛利元就の次男、吉川元春に某殺されるのですが、その瞬間まで尼子家再興の為命を自ら立つ事無く使命を全うしようとした武将なんですね。
「願わくば我に七難八苦を与え給え」

願わくはこうありたいものです。
朝から長々とお付き合いありがとうございますm(__)m
まあ戦国好きな人にはメジャーな人ですがね。。
「山中鹿之助」と言う戦国武将はご存知でしょうか??
34歳の齢でこの世を去ってしまった武将ですが彼の人生は目的意識に溢れ、使命感に溢れ、努力家なんですね。
彼の生き方に共感を覚えた方は多いかと思います。
ビジネスをやって行く上でもかなり参考になる人物と考えています。
これくらいの執念でも目的を達成できないんですからね。。
この彼の言葉に「願わくば我に七難八苦を与え給え」
やはり人間生きていく上で楽ばかり選んでしまう傾向があると思いますが、この鹿之助は若さゆえの経験の少なさ、思慮の浅さを悔い、更なる苦悩、苦難を願ったそうです。
そうする事によって、早く自分に成長を促す。
これなんですね。
僕もブログに限界まで頑張る、そうする事によって自分のキャパシティーの拡張が始まるってよく書くのですが、同じなんですね。経験を重ね、限界を超えて初めて道の力や自分の能力の新たな一歩に踏み入り事が出来ると考えています。
この山中鹿之助は、中国地方の戦国大名、尼子家の家臣です。
彼が生まれた頃は、まだ尼子家の勢力は大きく、成長を始めた毛利家と戦乱を続けていました。
尼子一門で新宮党と呼ばれる尼子家最強軍団の中で育った鹿之助は、初陣時には既に国力の失った尼子家で君主「尼子義久」の近習として頭角を現します。
長くなるので、省きますが、その後尼子家は国力を失い、名前のみの存在まで落ちるのですが、その後尼子一門で仏門に入ってい「尼子勝久」を還俗させ尼子家再興を始めます。
300名ほどの遺臣を束ねて、尼子家の旧領の因幡国一円を回復させるまでに至ったのですが、また毛利に滅ぼされ、また透き見て勢力を拡大してと何度か自国を回復させています。
言葉で書くのは簡単ですが、遺臣を集めたり、軍資金、兵糧を集めたり、この見えない努力は計り知れない物があったと思います。
その後は、中国侵攻を始めていた織田信長、羽柴秀吉の力を借りて、その大望を最後の最後まで貫いた武将なんですね。
結果志半ばでその生涯を終える事になるのですが、最後に毛利元就の次男、吉川元春に某殺されるのですが、その瞬間まで尼子家再興の為命を自ら立つ事無く使命を全うしようとした武将なんですね。
「願わくば我に七難八苦を与え給え」

願わくはこうありたいものです。
朝から長々とお付き合いありがとうございますm(__)m
2008年04月27日
戦国武将の言葉(明智光秀)
歴史小説を大好きで昔はかなりの数の本を読んで来ました。
特に司馬遼太郎の本は今でも年に何回か読み直しています。
そんな影響から、ふとした時や何かの壁等にブチ当たった時はよく色んな言葉が頭を過ぎるんですね(^^;
とりあえず大好きなのが。。。
「仏の嘘を方便といい、武士の嘘を武略という」明智光秀
言い方には色々ある物ですね(汗
明智光秀の風雅に秀でた才能は好きな方は多いはず。
本能寺の変の影響で逆心としてのレッテルを歴史では着いてしまってますが、足利義昭に使えて足利家の再興に奔走した経緯を持つ彼から取れば、織田信長こそ逆心なんですね。
立場変われば見方も変わるって感じです。
その光秀の言葉で大好きなのがあります
「順逆二門無し大道は心源に徹す五十五年の夢覚め来れば一元に帰す」
彼の生き様を1行で表した非常にいい大好きな言葉です。
たまに口ずさんでしまうくらいです(汗
土岐源氏の流れを組む明智家は美濃の土豪です。
美濃のマムシと恐れられた「斉藤道三」の近習で道三の側室の親類でもあります。
織田信長の正室農姫とは従兄弟関係であったり、この辺りの登場人物は非常に複雑な血縁?親類なんですね。
彼の風雅は亡き斉藤道三の影響が大きいと言われています。
また信長は、楽市楽座など軍事、通商の事は道三の世襲が大きいんですね。
信長の正室は道三の娘ですから。
そんなこんなで光秀は最後の最後までライバルであり、君主(義昭)の仇であったと僕は考えています。
この本能寺の変。
近年色んな説が出てきて結構これが楽しいんですね☆
徳川家康がそそのかした説
羽柴秀吉がそそのかした説
千利休がそそのかした説

などなど。
歴史に「もし」は禁物ですが、非常にロマンを感じる今日この頃です♪
普段はビジネスネタが大半なんでたまに歴史ネタなど書いていきますね。
歴史、軍事オタクな側面を持っていますので(汗
今日は仕事の上で超勝負日なんです☆
ちょっと古の賢人にあやかり頑張って参ります!!
特に司馬遼太郎の本は今でも年に何回か読み直しています。
そんな影響から、ふとした時や何かの壁等にブチ当たった時はよく色んな言葉が頭を過ぎるんですね(^^;
とりあえず大好きなのが。。。
「仏の嘘を方便といい、武士の嘘を武略という」明智光秀
言い方には色々ある物ですね(汗
明智光秀の風雅に秀でた才能は好きな方は多いはず。
本能寺の変の影響で逆心としてのレッテルを歴史では着いてしまってますが、足利義昭に使えて足利家の再興に奔走した経緯を持つ彼から取れば、織田信長こそ逆心なんですね。
立場変われば見方も変わるって感じです。
その光秀の言葉で大好きなのがあります
「順逆二門無し大道は心源に徹す五十五年の夢覚め来れば一元に帰す」
彼の生き様を1行で表した非常にいい大好きな言葉です。
たまに口ずさんでしまうくらいです(汗
土岐源氏の流れを組む明智家は美濃の土豪です。
美濃のマムシと恐れられた「斉藤道三」の近習で道三の側室の親類でもあります。
織田信長の正室農姫とは従兄弟関係であったり、この辺りの登場人物は非常に複雑な血縁?親類なんですね。
彼の風雅は亡き斉藤道三の影響が大きいと言われています。
また信長は、楽市楽座など軍事、通商の事は道三の世襲が大きいんですね。
信長の正室は道三の娘ですから。
そんなこんなで光秀は最後の最後までライバルであり、君主(義昭)の仇であったと僕は考えています。
この本能寺の変。
近年色んな説が出てきて結構これが楽しいんですね☆
徳川家康がそそのかした説
羽柴秀吉がそそのかした説
千利休がそそのかした説

などなど。
歴史に「もし」は禁物ですが、非常にロマンを感じる今日この頃です♪
普段はビジネスネタが大半なんでたまに歴史ネタなど書いていきますね。
歴史、軍事オタクな側面を持っていますので(汗
今日は仕事の上で超勝負日なんです☆
ちょっと古の賢人にあやかり頑張って参ります!!
2008年04月08日
ニッコロ・マキャベリー
昔のイタリアの政治思想家「ニッコロ・マキャヴェッリ」たまにふとこの中世の人物の言葉などが頭を過ぎります。
このマキャベリーを知ったのは、ヨーロッパ史や政治学ではありません。
昔に読んだ故「司馬遼太郎」の「城塞」か「関が原」だったと記憶しています。
司馬遼太郎の歴史観や哲学的な視点や考えはこのマキャベリーの影響もあったのかな??
と時折思います。
マキャベリーの著作の中には、軍事関係の「戦術論」があり、この「戦術論」は広く兵法軍事関係の書物として読まれ、軍事学の流れに大きな影響を与えているそうです。
この中で引用されているローマ式歩兵部隊の編成やギリシアの密集隊形が、近代軍隊の小銃の進歩とともに再び復活し、スペイン、オランダ、スウェーデンなどに採用されて近代の兵学の基礎につながっています。
もちろん政治思想家としての名の方が上なので、「君主論」の方が知名度が上でしょうね☆
それにしても「人」という物をここまで浮き彫りに活字に書き上げるのは流石としか言いようがありません。
「君主論」は君主とはどうあるものか、君主として権力を獲得し、また保持しつづけるにはどのような能力(徳、ヴィルトゥ)が必要かを論じた著作。
この人ならではの「さめた眼で見た政治力学を分析」しています。
僕も冷めた考えですが(--;
「落ちぶれた友人は捨てよ」
「人とは移り気で利に貪欲」
こんな感じで人の核心を突いています。
お時間があれば是非読んでみてください。

朝っぱらから難しいお話ですみません(汗
気を取り直して☆
今日は朝かから会議&会議&会議です(^^;
ん??全然取り直せてないですな。。。
でも会議&会議&会議です。
那覇市旭橋の再開発の事務局長さんに今色々勉強に通っています。
会議という名目ですが。。
そしてお昼からは牧志安里再開発の事務所へです。
現在中部で請け負っている再開発の資料作成の勉強ですね☆
いやいやほんと日々勉強ですね。。
このマキャベリーを知ったのは、ヨーロッパ史や政治学ではありません。
昔に読んだ故「司馬遼太郎」の「城塞」か「関が原」だったと記憶しています。
司馬遼太郎の歴史観や哲学的な視点や考えはこのマキャベリーの影響もあったのかな??
と時折思います。
マキャベリーの著作の中には、軍事関係の「戦術論」があり、この「戦術論」は広く兵法軍事関係の書物として読まれ、軍事学の流れに大きな影響を与えているそうです。
この中で引用されているローマ式歩兵部隊の編成やギリシアの密集隊形が、近代軍隊の小銃の進歩とともに再び復活し、スペイン、オランダ、スウェーデンなどに採用されて近代の兵学の基礎につながっています。
もちろん政治思想家としての名の方が上なので、「君主論」の方が知名度が上でしょうね☆
それにしても「人」という物をここまで浮き彫りに活字に書き上げるのは流石としか言いようがありません。
「君主論」は君主とはどうあるものか、君主として権力を獲得し、また保持しつづけるにはどのような能力(徳、ヴィルトゥ)が必要かを論じた著作。
この人ならではの「さめた眼で見た政治力学を分析」しています。
僕も冷めた考えですが(--;
「落ちぶれた友人は捨てよ」
「人とは移り気で利に貪欲」
こんな感じで人の核心を突いています。
お時間があれば是非読んでみてください。

朝っぱらから難しいお話ですみません(汗
気を取り直して☆
今日は朝かから会議&会議&会議です(^^;
ん??全然取り直せてないですな。。。
でも会議&会議&会議です。
那覇市旭橋の再開発の事務局長さんに今色々勉強に通っています。
会議という名目ですが。。
そしてお昼からは牧志安里再開発の事務所へです。
現在中部で請け負っている再開発の資料作成の勉強ですね☆
いやいやほんと日々勉強ですね。。

















沖縄の美容室特集